一向宗とは

戦国時代、一向宗は織田信長を何度も打ち破りました。
武力によって天下に覇を唱えた織田信長にひけをとらなかった一向宗とは、浄土真宗のことです。
浄土真宗の門徒はなぜそんなに強かったのでしょうか?
そしてなぜ一向宗と呼ばれているのでしょうか?
蓮如上人の御文章1帖目15通に、教えられています。

一向一揆の始まりと目的

一揆(いっき)」は、室町時代の1428年頃から起きていました。
目的は、「土一揆」は年貢を減らしてもらう為、「徳政一揆」は借金を帳消しにしてもらう為でした。
ところが一向一揆の目的は違います。
一向一揆」の始まりは、浄土真宗8代目の蓮如上人のおられた本願寺を比叡山が破壊した「寛正の法難」の翌年、1466年に近江(滋賀県)の浄土真宗の門徒が、比叡山と戦ったのが最初とされます。このように「一向一揆」の目的は最初から教えを護るためでした。

1474年には、越中(富山県)の守護家の富樫政親の内紛に加勢し、1481年には、一向一揆が守護を討ち取るようになります。
やがて1488年、加賀(石川県)では約20万人による一向一揆が守護を打ち破り、一向宗が自治するようになります。これは「百姓の持ちたる国」といわれ、1580年頃までの100年近く続きます。

ところが1505年、河内(大阪)での守護同士の勢力争いで、細川政元の強い要請により、9代目の実如が協力を呼びかけると、これは単なる守護同士の争いだったため、門徒たちは断り、実如を廃止しようとします。
実如はこの後、戦争の放棄を宣言し、後継者にも守護大名と争わないよう遺言します。

このように、一向一揆の目的は、浄土真宗の教えを護ることにあり、そのために団結していたのです。

一向宗vs織田信長

11代目の顕如の時には、本願寺は戦国大名を凌ぐ一大勢力となります。
信仰によってつながる各地の一向宗に、戦国大名は手を焼き、相模の北条氏は一向宗を60年間禁止、越後(新潟県)の上杉謙信は30年間、三河(愛知県)の徳川家康は20年間禁止しました。

この戦国時代に天下を狙う織田信長は、必然的に一向宗と衝突することになります。
1567年に奈良の大仏殿を焼いた織田信長は、1568年、5000貫の矢銭(やせん)といわれる軍事費を本願寺に要求します。
顕如はその時は平和的に言われる通り支払いましたが、信長はさらに石山本願寺の明け渡しを要求します。
こうして1570年、織田信長vs一向宗の石山戦争が始まります。
一向宗は「進むは往生極楽、退くは無間地獄」と書いた旗を掲げ、必死で戦いました。

その勢いに、戦争のプロ集団のはずの信長も、本願寺を打ち破ることができず、一旦退却します。
天台宗の比叡山に応援を要請しますが、断られたため、焼き討ちします。
根本中堂をはじめとする400の寺と、1500人の僧侶が殺されました。

1571年、伊勢(三重県)長島の門徒の反撃で、信長の弟を打ち破って戦死させたため、織田信長が自ら5万人で長島を攻めると、配下の氏家卜全(ぼくぜん)は討ち死に、柴田勝家も負傷し、敗退しました。

1572年、武田信玄を仲介して和解しますが、1573年、武田信玄が死ぬと、背後から襲われる心配がなくなったので、織田信長は約8万人で長島一揆を攻撃します。
それでも打ち破ることができず、撤退しました。

1574年、織田信長は、明智光秀と豊臣秀吉を除くほぼ全軍の12万人で長島一揆を攻撃します。籠城3カ月の末、一向一揆は信長の兄や弟、従兄弟など、6人の織田一族を討ち取りますが、ついに降伏します。
ところが怒った信長は、すでに降参した2万人を焼き討ちし、皆殺しにします。

1576年、織田信長は、一向宗への攻撃を再開します。
一向宗は民兵でしたが、真実の他力信心に燃え、護法のとなって戦い、一歩も譲りません。
織田信長はたくさんの死傷者を出しました。

信長の攻撃は何度も繰り返されますが、1579年、朝廷を仲介して和睦の条件が整い、1580年、ついに和解したのでした。

このような戦国時代の覇者、織田信長でも勝てなかった一向宗の強大な力は、阿弥陀如来の本願から湧き出ずる信仰の団結によるものでした。
阿弥陀如来に救われて他力信心を獲得し、絶対の幸福になった人は、明るく強くたくましく生きぬかせて頂けるようになるのです。

その他力信心とはどんなもので、浄土真宗のことをなぜ一向宗といわれるのか、蓮如上人は御文章に記されています。

なぜ一向宗といわれるの?

すでに蓮如上人は、戦国時代より100年も早く、浄土真宗を一向宗といわれる理由をこのように記されています。

問うていわく、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん。不審に覚え候」。
答えていわく、「強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず。
おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり。
しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。
さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。
されば一向宗という名言は、更に本宗より申さぬなりと知るべし。
(御文章1帖目15通)

これは一体どういう意味なのでしょうか?

問うていわく」とは、ある人が蓮如上人にお尋ねをしたということです。
どんなことを聞いたのかといいますと、「当流をみな世間に流布して、一向宗と名け候は、いかようなる子細にて候やらん」ということです。
当流」とは親鸞聖人の教えのことで、浄土真宗のことです。
みな世間に流布して、一向宗と名け候」とは、世間の人は、みんな浄土真宗を、「一向宗」と言っている、ということです。

親鸞聖人の教えには浄土真宗という名前があるのに、世間の人たちは一向宗といっているのは「不信に覚え候」。
なぜみんなそんなことを言うのでしょうか。分かりません。どうしてでしょうか。
このように蓮如上人にお尋ねしました。

このことから、親鸞聖人から200年後には、浄土真宗のことを世間の人がみんな一向宗と言っていたことが分かります。
それに対して蓮如上人は「答えていわく」とこのように答えられています。

親鸞聖人の強調された教え

強ちに我が流を一向宗となのることは、別して祖師も定められず」とは、浄土真宗を一向宗というのは、親鸞聖人の言われたことではない、ということです。

おおよそ阿弥陀仏を一向にたのむによりて、皆人の申しなす故なり」の「おおよそ」は多分ということです。
阿弥陀仏を一向にたのむ」というのは、「たのむ」は信ずるということですから、阿弥陀仏一つに向き、阿弥陀仏一つを信ずるということです。阿弥陀仏一つに向いて信ずるから、「皆人の申しなす故なり」、世間の人はみんな「一向宗」と言うのだろう。

阿弥陀仏一つに向き、阿弥陀仏一つを信じなさい」というのは、お釈迦さまが『大無量寿経』に説かれた「一向専念無量寿仏」のことです。

一向専念無量寿仏(いっこうせんねんむりょうじゅぶつ)
(大無量寿経)

一向専念無量寿仏」とは、「無量寿仏」とは阿弥陀仏のことです。
一向専念」とは、阿弥陀仏一つに向きなさい、阿弥陀仏だけを信じなさい、ということです。

そのお釈迦さまの教えられた一向専念無量寿仏を、親鸞聖人がいかに強く教えられていたか分かります。
すべての人が助かる道は、阿弥陀如来に救われるより他にはないのだ。
阿弥陀仏一つに向きなさい、阿弥陀仏だけを信じなさいと親鸞聖人が重ねて重ねて教えられるから、親鸞聖人の教えを世間の人は「一向宗」と言うのだろう。

では、「一向専念無量寿仏」の説かれている『大無量寿経』とはどんなお経なのでしょうか?

大無量寿経とは?

しかりと雖も、経文に『一向専念無量寿仏』と説きたまう故に、一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし。
しかりといえども」とは、だがのう、ということです。
経文に」とは、お釈迦さまの説かれた『大無量寿経』というお経に説かれていることです。
大無量寿経』というと、一切経七千余巻のたくさんのお経の中で、唯一の真実のお経です。
親鸞聖人は、そのことをこう教えられています。

それ真実の教を顕さば、すなわち『大無量寿経』これなり。
教行信証

一切経は七千余巻あるけれども、本当のお釈迦さまの本心を説かれている、真実のお経はただ一つだ、『大無量寿経』しかない。
あとは方便だ。方便のお経はたくさんあるが、真実のお経は一つしかない。
大無量寿経』一つだ、ということです。
七千余巻の一切経を何回も何回も読まれて、正しく理解された方でなければ、こんなことは言えません。
大無量寿経』一つだという断言です。
お釈迦さまの本心が説かれているお経は何かというと、『大無量寿経』なのです。

仏教の結論と一向宗の強さの秘密

その『大無量寿経』の中にお釈迦さまが仏教の結論として説かれているお言葉が、「一向専念無量寿仏」です。

仏教は後生の一大事を知るところから始まり、後生の一大事の解決に終わります。
本当の幸せになるには、お金や財産、地位、名誉ではなれません。
後生の一大事の解決によってのみ本当の幸せになれるとお釈迦さまが明らかにされています。
その後生の一大事を解決する力のある仏は、阿弥陀仏しかおられないんだから、阿弥陀仏に助けてもらいなさいと、お釈迦さまは説かれているのです。

だから蓮如上人はこう言われています。
一向に無量寿仏を念ぜよといえる意なるときは、一向宗と申したるも子細なし
親鸞聖人は、お釈迦さまの説かれた「一向専念無量寿仏」一つを教えてゆかれた。
これしかすべての人の本当の幸せになる道はないのだ、それを親鸞聖人は、厳しく教えられたから、「一向専念無量寿仏」の「一向」をとって、世間の人が浄土真宗を「一向宗」「一向宗」というのなら、そういう心でいうのなら、みんなが「一向宗」と言ってもいいだろう。

一向に無量寿仏を念ぜよという心であれば「一向宗」といっても「子細なし
それはそれでいいじゃないか。
それしか私たちの助かる道はないのだから。
全人類が幸せになる道はないのだから。
それを教えられたのが親鸞聖人だから、その親鸞聖人の教えを阿弥陀仏一つに向けという教えだという意味で、「一向宗」と世間の人が言うのなら、それでいいだろう。

さりながら、開山はこの宗をば浄土真宗とこそ定めたまえり。
されば一向宗という名言は、更に本宗より申さぬなりと知るべし

しかしながら、「一向宗」という名前は、浄土真宗から言い出したのではありませんよ。
親鸞聖人は、浄土真宗と言われているのですよ、よく知っておきなさい、と蓮如上人はいわれています。

世間から一向宗といわれる浄土真宗の門徒は、この親鸞聖人の教えのもとに団結し、すべての人の救われるたった一本の道を護るために命をかけるのです。

では、浄土真宗に教えられている、後生の一大事を解決して、本当の幸せの身になるにはどうすればいいのでしょうか?
それには後生の一大事を引き起こす、苦しみの根本原因を知らなければなりません。
その苦しみの根本原因とは何か、どうすれば断ち切れるのかについては、浄土真宗の本質ですので、以下の講座をご確認ください。

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