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浄土真宗の教えが分かりやすく学べるサイト

浄土真宗は、現代日本の仏教の最大宗派です。
日本仏教の最高峰」ともいわれる深い教えを持ち、そこには他の宗派と異なる5つの特徴があります。
浄土真宗とは一体どんなものなのでしょうか?

目次

浄土真宗の5つの特徴

浄土真宗とは、鎌倉時代の親鸞聖人(1173-1263)の教えです。
浄土真宗には、他の宗派と大きく差別化する5つの画期的な特徴があります。
それは、混迷する激動の時代に親鸞聖人が明らかにされた真実の仏教の特徴でもあります。その親鸞聖人が明らかにされた浄土真宗は、やがて日本で最も多くの人に広まり、日本仏教の最高峰を形作ったと言われるようになります。
その浄土真宗の5つの特徴は、科学が進歩した現代にもそのまま通ずるものです。一体どんな特徴があるのでしょうか?

1.救いの対象はすべての人

親鸞聖人の当時、平安時代末期、仏教は貴族のためのものでした。
まだ科学の進歩していない当時、貴族の求めたものは、病気治しや一族の繁栄などの祈祷でした。
僧侶は自らの修行もしますが、主な役割は、貴族の要望に応え、加持祈祷で現世利益を祈ることでした。
貴族でもなく、出家して僧侶になることもできないほとんどの一般大衆にとって、仏教は縁のないものでした。

ところが親鸞聖人はそのありさまに、「仏の慈悲は苦しむ者こそひとえに重くかかるのではないか」と疑問をもたれました。
そして、当時、社会の最下層とされ、さげすまれていた漁師や商人たちにも「石・瓦・つぶての如くなる我らなり」と呼びかけられ、貴族だけでなく、苦しみ悩むすべての人が本当の幸せになれる「悪人正機(あくにんしょうき)」の教えを明らかにされたのです。
それまでの差別のある仏教が、浄土真宗によって平等の仏教になったのでした。

2.権力からの決別

538年に日本に仏教が伝わって以来、仏教は国家と密接に結びついたものでした。
仏教に国を護る神秘的な力があると信じた権力者は、奈良時代になると、国家安定を祈る国分寺が全国に建立されました。その頂点が総国分寺といわれる奈良の東大寺です。
東大寺には、戦乱や災害を鎮めるために、日本中の銅を集めて奈良の大仏が造られました。
そして僧侶は国から給料が支給される国家公務員でした。
やがて、奈良の大寺院と権力の癒着が激しくなり腐敗すると、都を京都に移し、平安時代となります。仏教界の改革をはかり、国費留学生として唐で学んだ最澄と空海により、天台宗と真言宗が開かれます。
ところがやはり僧侶は国から給料の支給を受ける公務員でした。
それらの僧侶は、貴族の要望で祈祷をすることにより、お金や土地の寄進を受け、強大な勢力を持つようになり、やはり釈迦の教えられていない祈祷ばかりするようになってしまったのです。

そして、平安時代の貴族の社会が、鎌倉時代の武士の世の中に移り変わる激動の時代、戦乱や飢饉で苦しむ一般大衆を含むすべての人が救われる教えを説かれた浄土真宗は、最初に親鸞聖人の先生の法然上人が明らかにされてから、爆発的に広まっていきました。当時の関白の九条兼実までも帰依するようになりました。ところが、あまりの急速な発展に、それまでの仏教界は面白くありません。権力者と結託して、親鸞聖人を京都から越後(新潟)へ流刑にしてしまいます。

ところが親鸞聖人は、主著『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』に
主上・臣下、法に背き義に違し、忿を成し、怨を結ぶ。(教行信証)」
と真っ向から反撃されています。
主上・臣下」とは天皇や臣下の貴族たちです。
天皇も貴族たちも、真実の仏教に背き、正義に違い、無法の怒りを起こし迫害する、何たることか、という痛烈な批判です。 それ以来、親鸞聖人は「非僧非俗(ひそうひぞく)」を宣言され、国家公務員の僧侶でなければ、世間の職業で生計を立てる俗人でもない、と権力に屈せず、浄土真宗を伝えられたのです。
後の親鸞聖人のお手紙には、このようにも記されています。
余の人々を縁として念仏を弘めんと計らいあわせ給うこと、ゆめゆめあるべからず候
世間的な有力者に近づき、その力を借りて仏法を伝えようなど、決して考えてはならない、ということです。
それまでの仏教は、国家権力に癒着したものでしたが、親鸞聖人は権力と決別され、一人浄土真宗を明らかにして行かれたのです。

3.呪術を否定

平安時代に空海が唐から真言宗を伝えると、密教が貴族の間に大流行しました。
密教とは、秘密仏教ということで、神秘的な儀式を行うのが特徴です。
特に貴族が喜んだのは、病気治しでした。
特に注目されたのが「護持僧」といわれる天皇の健康を祈り続ける僧侶です。
空海は嵯峨天皇の護持僧になり、勢力を拡大しました。

空海の真言宗と同時期に、天台宗を伝えた最澄も密教を学んではいたものの、不完全だったため、最澄の死後、天台宗でも密教に力を入れるようになりました。

この天台宗、真言宗によって加持祈祷が盛んになり、さとりを求めるはずの仏教は、現世利益を祈る呪術となっていきました。

ところがお釈迦さまは、祈祷はどこにも説かれていません。
運命の全ては、自らの行いの結果であるという因果応報の道理を教えられています。
この合理的で科学的な因果の道理に基づかれた親鸞聖人は、
祭祀をこのむものは外道なり」(一念多念証文)
と教えられています。「祭祀」とはまつりごとで、呪術や祈祷も入ります。
また、病気治しや商売繁盛などの現世利益を祈ることも、このように否定されています。
現世をいのる行者をば これも雑修となづけてぞ 千中無一ときらわるる」(高僧和讃)
千中無一」とは、千人の中、一人も救われない、ということです。

このように、お釈迦さまの説かれた教えに忠実に、因果の道理を根幹とする浄土真宗では、呪術も祈祷も一切行われないのです。

このことを江戸時代中期の儒学者・太宰春台(だざいしゅんだい)は、浄土真宗の人について『聖学問答』に、「いかなることありても祈祷などすることなく、病苦ありても呪術・お守りをもちいず。みなこれ親鸞氏の力なり」(『聖学問答』)と言っています。

4.神の不拝

日本では昔から神信心が行われてきました。
拝んでいる対象は何だか分からなくても、何となく尊いという気持ちがあると思います。
しかし日本の神信心は、死んだ人間や畜生の霊魂に、幸せや不幸を与える力があると考えて、神とあがめて祭っているものです。例えば天照大神ならオオヒルメムチという女性、稲荷神社なら狐です。
仏教ではこのような死んだ人間や動物の霊魂を神とするものを「鬼神(きじん)」と呼び、私たちの運命を決めるのは自分の行いだから、鬼神を拝んではならないと教えられています。
例えば『般舟三昧経』には、「鬼神をまつることをえざれ」とあります。
お釈迦さまがお亡くなりになるときに説かれた『涅槃経』には「仏に帰依せん者はついにまたその余の諸天神に帰依せざれ」とも教えられています。

ところが、平安時代の天台宗や真言宗の僧侶たちは、神信心の権力者に近づくため、妥協して仏教に説かれていない「神仏一体」という言葉を作りだし、仏教と神道をまぜこぜにして広めたのです。 これを「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」ともいいます。
しかし、これでは仏教ではありませんので、仏教に説かれる本当の幸せに救われることはありません。

このような当時の仏教界の状況を、親鸞聖人はこのように悲しまれています。
悲しきかなやこの頃の 和国の道俗みなともに  仏教の威儀をもととして 天地の鬼神を尊敬す
何と悲しいことか、最近の日本の僧侶も在家の人も、仏教の作法によって、死んだ人間や畜生の霊魂をあがめている、となげかれています。
そして妥協を排して、お釈迦さまが仏教の結論として説かれた通り、一切の神に近よるな、礼拝するな、信ずるなと教えて行かれたのです。
それで浄土真宗では、死んだ人間や動物の霊魂の神を一切拝まないのです。

5.経典に忠実

このように、親鸞聖人までの僧侶たちは、経典にない言葉を作ったり、仏教にない考え方を教えたりしてきました。
ところが親鸞聖人は、「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」と言われています。
珍らしき法」とは、今まで誰も教えなかった新しい教えです。この親鸞は、決して新しい教えを広めているのではない、ということです。
では誰の教えを伝えているのかといいますと、「如来の教法」といわれています。
如来の教法とは、釈迦如来の教えのことで、仏教のことです。
釈迦の説かれた仏教を、私も間違いないと知らされ、皆さんにもお伝えしているだけなんだ、ということです。

他にも「親鸞私なし」といわれ、自分の考えは一切混ぜずに、経典に忠実に仏教を伝えられているのです。

実際、親鸞聖人の主著『教行信証』は、お釈迦さまの説かれた経典や、それを解説されたインド、中国、日本の高僧の書物の引用が80%を超えています。
それらを根拠に、お釈迦さまの真意を鮮明に明らかにされたのが浄土真宗です。
浄土真宗とか親鸞聖人の教えというと、親鸞聖人の独自の思想のように思われますが、実際には、お経に説かれていること以外に、浄土真宗には教えられていないのです。

浄土真宗の最大の特徴

このように、浄土真宗には、救いの対象はすべての人であること、国家権力と決別していること、呪術に否定的で合理的なこと、神を拝まないこと、経典に忠実であることなど、色々な特徴があります。
しかしこれらの中でも浄土真宗の特徴の中の特徴は、救われる前の迷いの心と、救われた心の違いを明らかにされたことです。これによって、生きているときに本当の幸せに救われる道を鮮明にされています。

それまでの仏教は、理論上はこの世で救われるとは言っても、そこまでの修行は極めて厳しく、実際は死んだ後も生まれ変わり死に変わり修行を続けて少しずつさとりへ近づいて行かねばならない教えや、生きているときの励み具合によって、死んだときに救われたかどうか分かる教えしかありませんでした。

そこで親鸞聖人は、救われる前の迷いの心とはどんな心で、救われたらどんな心になるかを鮮明に明らかにされ、どんな人も生きているときに救われる道を開かれたのです。
それ以来、現代に至るまで、浄土真宗の教えによって、数え切れないほどの多くの人が救われてきました。
そのため宗教哲学者の柳宗悦さんはこう言います。
もとより妙好人は仏教各宗に現れるはずであるが、なぜか真宗系の仏徒から、圧倒的に沢山現れてくるのである
妙好人」とは、仏教の教えによって救われた人のことです。
どんな人も生きているときに救われる浄土真宗から、圧倒的に沢山の本当の幸せになった人が現れるのです。

このように、浄土真宗の教えの一枚看板は「平生業成」です。
平生業成」は、平生の行いという意味ではありません。平生、生きているときに本当の幸せに救われるということです。この平生業成が、浄土真宗を他の宗派から差別化する、親鸞聖人の教えの最大の強みなのです。

これは、人間に生まれてから死ぬまでの、本当の生きる目的を教えられたともいえます。
なぜなら、他の宗派の、死なないと救われない教えでは、死ぬまでの人生には目的はないことになります。
ところが親鸞聖人は、生きているときに本当の幸せになれる真実の仏教を明らかにされ、本当の生きる意味を明らかにされたのです。

このような、浄土真宗の特徴を表にまとめると、このようになります。

従来の宗派 浄土真宗
1.救いの対象 貴族か僧侶(差別) すべての人(平等)
2.国家権力 癒着 決別
3.呪術 肯定(神秘的) 否定(合理的)
4.神 神仏習合 不拝
5.教え 自分の考えを混入 経典に忠実
6.幸せになれる時 死んだ後 生きているとき

浄土真宗の教えをわかりやすく知る方法

このように親鸞聖人は90年の生涯、一切の妥協を拝し、合理的で、すべての人を本当の幸せにする教えを明らかにして行かれたのでした。
その浄土真宗の教えから、浄土真宗の行事や、葬儀や法事、結婚式などの儀式も、浄土真宗にしかない特徴が表れてくるのです。

ところが現在の浄土真宗は、教えよりも葬式などを中心とする、葬式・法事仏教となってしまい、ほとんど親鸞聖人の教えが説かれなくなってしまいました。
親鸞聖人の教えを聞きたいと思っても、現代日本では、浄土真宗の正しい教えを分かりやすく聞く機会は滅多にありません。

そこでこのサイトでは、浄土真宗の教えをはじめとして、浄土真宗のタブーや、よくある間違い、浄土真宗の歴史や人物、浄土真宗の宗派、さらには葬式や法事などの儀式も含めて、浄土真宗のすべてを、根拠をあげて、明解に分かりやすく解説していきます。

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