浄土真宗と浄土宗の違い

浄土宗を開かれた法然上人の教えは念仏為本

浄土宗を開かれた法然上人も、浄土真宗を開かれた親鸞聖人もお釈迦様の説かれた仏教をそのまま伝えられ、内容も全く同じです。

ただ、教え方が異なりました。

浄土宗の各派は、浄土真宗も含めて、法然上人のお弟子が開いたものですので、それぞれ教えに違いがありますが、もっとも法然上人の教えの通りなのが親鸞聖人だったので、親鸞聖人の教えを浄土真宗と言われます。

法然上人の当時、それまでの山へ入って修行をする聖道門仏教に対して、法然上人は、念仏によってこの世で絶対の幸福に救われる浄土門仏教を打ち立てられました。
これを「念仏為本」(念仏によって救われる)といいます。

(この世で、というのは、法然上人43才のときです。
黒谷の報恩蔵の中で、中国の善導大師の観無量寿経疏の一文を読まれた時に救われました)

ところが、あなたは南無阿弥陀仏と称えたことがあるでしょうか。
もしあれば、称えたら救われたでしょうか?

もちろん念仏さえ称えれば、どんな心で称えてもいいのではありません。

浄土真宗を明かされた親鸞聖人の教えは信心為本

親鸞聖人は、法然上人のお導きにより、29才の時、絶対の幸福に救い摂られました。

そして、念仏から別に信心を取り出され、どんな心で念仏を称えて救われるのか、より鮮明に明らかにされました。

これを「信心為本」(信心によって救われる)といいます。

法然上人の「念仏為本」と、親鸞聖人の「信心為本」は全く同じです。

法然上人が、「念仏為本」と言われたのは、財布が大事ということです。

親鸞聖人が、「信心為本」と言われたのは、財布の中からお金を取り出して、お金が大事と言われたのです。

財布が大事と言ったら、普通は、中のお金が大事ということなのです。
ところが、財布が大事と言ったら、みんな形にとらわれたのか、お金を忘れて、からの財布を大事にしてしてしまったのです。

親鸞聖人は、そんな間違いのないように、財布からお金を取り出して、お金が大事と言われたのです。
親鸞聖人のご親切です。

法然上人の教えられた信心

しかし、法然上人も実は、信心で救われると説かれているのです。
法然上人の主著『選択本願念仏集』には、こう説かれています。

まさに知るべし。生死の家には疑いをもって止まる所となす。
涅槃の城には、信をもって能入となす。

法然上人が「偏に善導に依る」と大変尊敬されている中国の善導大師は、絶対の幸福に救われた信心について、主著『観無量寿経疏』に
堕つるに間違いなし」と疑いはれた「機の深信
助かるに間違いなし」と疑いはれた「法の深信
が同時に永遠にある「二種深信」を説かれています。

曇鸞大師も主著『浄土論註』にこう教えられています。

称名憶念することあれども無明なお存して所願をみてざるものあり
(念仏称えていても、助からない者がある)

念仏を称える心を「三信(他力)」と「三不信(自力)」に分けられ、自力を捨てて他力に帰せよと教えられました。

八宗の祖師」「小釈迦」とたたえられるインドの龍樹菩薩も、

阿弥陀仏の本願を憶念して、即時に(この世で)必定(絶対の幸福)に入る

と『十住毘婆沙論』に説かれています。

このように、インド、中国、日本の高僧方は、教えられ方が異なっても、一貫して、お釈迦様が説かれた、すべての人が本当の幸福になれる道、信ずる一つでこの世で絶対の幸福に救われる教えを説かれているのです。

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