浄土真宗の行事・仏事

浄土真宗は日本で最大の宗派ですので、他の宗派の人でも、浄土真宗の葬式や仏事に出たことのある人は多いと思います。浄土真宗の行事や仏事には他の宗派にはない特徴がありますので、浄土真宗でしか使われない言葉や、言ってはならないタブーもあります。
それは一体どんなことなのでしょうか?

浄土真宗と他の宗派の仏事の違い

浄土真宗の仏事の主なものには、葬儀お通夜、それに続く法事結婚式などがあります。

結婚式は不思議なご縁に結ばれた2人の出会い、通夜・葬儀は、今まで共に過ごしてきた家族が亡くなるという悲しい人生最後の別れです。
どちらも人生の出会いと別れの大きな節目ですから、私たちは何のために生まれて来たのか、本当の生きる意味は何なのか、人生を見つめ直すご縁となります。

特に「生あるものは必ず死に帰す」といわれるように、死は100%確実な未来です。その死の問題を詳しく教えられた浄土真宗の葬儀やそれに続く一連の法事には、他の宗派と違う特徴があります。
それはなぜかというと、3つの理由があります。
1つ目は、一切の迷信を行わないこと、
2つ目は、先祖供養がないこと、
3つ目は、追善供養がないことです。

1つ目の一切の迷信を行わないというのは、浄土真宗が仏教の根幹である因果の道理に立脚しているからです。
因果の道理とは、私たちの運命のすべては自らの行いで決まるという因果応報の教えですので、浄土真宗の行事では、因果の道理に反した迷信やまじないのたぐいは、一切行いません。

2つ目の先祖供養がないというのは、浄土真宗では、亡くなられた方は、にとどまることはできません。
死ぬまでに信心獲得していれば、死ぬと同時に極楽浄土へ生まれますし、信心獲得していなければ、死ぬまでの行いによって、因果応報、次の世界が決まります。

3つ目の追善供養がないというのは、生きている私たちの問題です。
私たちは、亡くなられた方に対して回向ができないのです。
回向」とは、さしむける、与えるということで、生きている人がやった善根功徳を差し向ける、与えることを追善供養といいます。
浄土真宗では、すべての人は、のできるような者ではないと教えられていますので、差し向ける何物もありませんから、追善供養はないのです。

この、亡くなられた方と、私たちについての浄土真宗の教えから、浄土真宗の葬儀や法事などの仏事には、他の宗派との様々な違いが出てくるのです。

浄土真宗の行事

浄土真宗の年中行事の大きなものは、報恩講や降誕会です。
報恩講とは、浄土真宗を開かれた親鸞聖人のご命日の前後に、親鸞聖人のご恩に報いる集まりです。
降誕会とは、親鸞聖人のお誕生日の前後に、親鸞聖人がお生まれに成られたことをお祝いして行われる集まりです。

その他、お釈迦さまのお生まれになられたことにちなんだ花祭りや、お彼岸や、お盆の集まりをすることもあります。
これらの行事は、何のためかというと、浄土真宗では、いずれも親鸞聖人の教えを聴聞して、阿弥陀如来の救いに合わせて頂く尊い聞法のご縁です。
浄土真宗に教えられているのは、すべての人を本当の幸せにする道だからです。

浄土真宗の仏事や行事の意味

浄土真宗の仏事も、行事も、その目的は、親鸞聖人の教えを聴聞して、本当の幸せになることなのです。それは自分だけではありません。その行事をご縁として、今まで親鸞聖人の教えを知らなかった人が、浄土真宗とはこんな教えだったのかと、仏縁を結ばれ、本当の幸せに向かわれるなら、こんなすばらしいことはありません。
まだ本当の幸せになっていない人は、本当の幸せになるご縁とし、もう本当の幸せになった人は、仏恩報謝のご縁とするのです。
そこに、浄土真宗の仏事や行事の意味があります。

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