浄土真宗のお彼岸

お彼岸

「お彼岸」は、秋分の日や春分の日を中日として、前後7日間をいいます。

本来「彼岸」とは、彼(か)の岸ということで、阿弥陀仏の極楽浄土、涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)の世界です。

阿弥陀仏の極楽浄土は、『阿弥陀経』に

ここより西の方、十万億の仏土を過ぎて世界あり。
名づけて極楽という(『阿弥陀経』)

とあるように、西のほうにあると説かれています。

ところが「西」といっても、現代の科学からいえば、地球は丸くて自転しているので、西といっても一体どっちの方角なのか、方向が一定しません。日本と地球の反対側のブラジルの西は、宇宙からみれば正反対の方角です。

一体「西」とはどんなことなのでしょうか?
「西」というのは太陽が沈むところであり、おさまる場所ですので、すべての人が、最後、そこにおさまらなければ助からない「終帰(しゅうき)」ということです。

生きとし生けるものすべてが、最後帰依するところ、本当の幸せの世界です。

「いわしの頭も信心から」といわれますように、みんな人それぞれ色々なものを求めて楽しんでいますが、その喜びは続きません。
一時的には喜びますが、やがて次の楽しみを求めます。
その喜びも一時的なものですから、またやがて次の喜びを求めるのです。

そんな同じことの繰り返しで、最後、本当の幸せにならなければ、おさまりませんので、最後帰依するところ、「終帰」ということで、本当の幸せの世界を西のほうと説かれているのです。

それで、春分の日や秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈みますから、沈む夕日に極楽往生を念じたのがお彼岸の始まりと言われます。

その「彼岸」に対して「此岸(しがん)」とは、こちらの岸、私たちの世界です。
娑婆(しゃば)」ともいいます。

娑婆を中国の言葉で「堪忍土(かんにんど)」ともいいます。
堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍ばねば、生きてゆけない、苦しみ悩みの世界。

人間みんな、幸福を求めて生きていますが、こちらの岸には、続かない幸福しかありません。

どれだけお金を求めても、地位や名誉を求めても、自己実現を求めても、家族の安らぎを求めても、心からの安心もなければ、心からの満足もない。

ひばちの上を回り続ける尺取り虫のように、輪の中で走り続けるハムスターのように、同じところをぐるぐる回ってどこにもたどりつかずに時間だけが過ぎてゆきます。

最後、これだけ頑張って幸せを求めてきたのに、夢のように幻のように、
「続かないものを、信じて求めた一生だった」
と、人生を終えてゆくのです。

そんな人生、どうしたら本当の幸福になれるのか。
親鸞聖人は、苦しみ悩みから離れきれない根本原因を明らかにされ、その解決も教えられています。

その親鸞聖人の教えを聞いて、一日も早く本当の苦悩の根元を知り、それをなくして、
「人間に生まれてよかった」
という絶対の幸福になるところまで、聞法精進いたしましょう。

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