浄土真宗のお墓参りの意味

お墓参りの意味とは?

おそらくほとんどの人にとって、お墓参りをする可能性が一年で一番高いのは、お盆の時ではないでしょうか。

お盆になると、何となく雰囲気的には、みんな墓に先祖が集まってくる、それでお墓参りする、と思っているのではないでしょうか?

ところが仏教の根幹である因果の道理から言えば、お盆だからといって、先祖が急に墓に集って来られるわけではありません。

ではそうなると、墓参りは何のためにするのでしょうか?
ひょっとして意味なし?
いえいえそんなことはありません。

心がけ次第で、自分の人生を見つめ、本当の生きる意味を知る、大変よいご縁となることでしょう。

毎年毎年、月日は飛ぶように過ぎていきます。
お盆ともなれば、年が始まってから、あっという間に8カ月が過ぎています。

ということは、その間、交通事故で亡くなった方も沢山あるのではないでしょうか。

もし自分が車を運転していて事故にあってしまったら、家族を失ったり、自分が死んだり、その日から大変な悲劇になってしまいます。
自分の運転ミスだけでなく、対向車のミスで突っ込んでくる可能性もないとは言い切れません。
いつそんな悲劇がやってくるかも分からないのです。

それなのに、自分が死ぬとはとても思えず、「死」と聞いてもマヒしています。

現代の生活は、どんどん加速して、朝から晩まで、忙しい忙しいと自らの欲の心に追い回されて、静かに自分自身をかえりみる時間が、あまりにも少なくなっているのではないでしょうか。

忙しければ忙しい程、一つ、世間ごとを断ちきって、冷静に自分を反省する時間がほしいものです。

仏教では、

無常を観ずるは菩提心のはじめなり

死を観つめることが、本当の幸福への第一歩だと教えられています。

その点、一年に一度くらいは、大自然の中に静かに墓前で手を合わせることは、
「私もやがて死なねばならないのか」
と厳粛な思いもさせられ、自分の人生を見つめる貴重な機会です。

亡くなられた方をご縁に自分の人生を振り返り、生きる意味を考える機会となれば、お盆もとても有意義なものになると思います。

そして、本当の生きる意味は、仏教に教えられています。
ぜひお墓参りをご縁に聞法精進致しましょう。

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