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浄土真宗のお仏壇

浄土真宗の方が朝晩行う勤行の際の仏具の意味を解説します。


お仏壇を開くと、中には色々な仏具があります。
それぞれどんな意味があるのでしょうか。

御本尊


御本尊とは「根本に尊ぶべきもの」ということです。
これは、時代や場所、人によって変わるものではなく、
宗教、特に仏教では、最も重要な意味を持っています。

では、浄土真宗の正しい御本尊は何でしょうか。

親鸞聖人は生涯、御名号(南無阿弥陀仏)のみを御本尊となされ、
多くのお弟子や同朋たちにもお勧めになりました。
それは、多くのお聖教にも明記されている歴史的事実です。

そして親鸞聖人は私たちにも、
御名号を本尊としなさい
と教え勧められています。

親鸞聖人の教えをそのまま伝えられた蓮如上人は、
浄土真宗の正しい御本尊をこう教えられています。

他流には『名号よりは絵像、絵像よりは木像』というなり。
当流には『木像よりは絵像、絵像よりは名号』というなり。

(御一代記聞書)

「木像」とは、木でできているという意味ではありません。
何であっても、阿弥陀如来の立体像のことを「木像」といいます。

「絵像」とは、掛け軸に書かれた阿弥陀如来像です。

「名号」とは、南無阿弥陀仏の六字です。

「当流」とは親鸞聖人の教え、浄土真宗のこと
「他流」は真宗以外の教えのことです。

他流では、名号より絵像がいい、絵像より木像がありがたいと言うが、当流では、木像や絵像よりも、御名号を本尊とするのが最もよい

とおっしゃっています。

この両聖人のご教導に従って、浄土真宗では、
もっぱら南無阿弥陀仏の御名号を正しい御本尊とし、
お仏壇の真ん中に御安置しているのです。

お灯明


お灯明は、昔はろうそくでしたが、
最近は、電気ろうそくが多くなってきました。

お仏壇には必ず灯す「お灯明」にはどんな意味があるのでしょうか。

仏教を説かれたお釈迦さまは、
「大宇宙には数え切れないほどの仏方がまします。
その諸仏方の先生が阿弥陀仏である」
と教えられています。

阿弥陀仏は、ほかの仏の到底及ばない智慧(光明・お力)を
持っておられます。
これを光明無量といわれます。
「無量」とは限りのないこと。
無限のお力を持たれた仏さまが阿弥陀仏なのです。
お釈迦さまは、

阿弥陀仏の威神光明は最尊第一にして諸仏の光明の及ぶこと能わざる所なり。(大無量寿経)

諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、光明の中の最明無極なり。(大阿弥陀経)

と讃嘆なさっています。

親鸞聖人は弥陀の光明の働きを、

無碍の光明は、無明の闇を破する慧日なり。(教行信証総序)

と主著『教行信証』の冒頭に記されています。

「無碍の光明」は阿弥陀仏のお力のこと。
阿弥陀仏のお力には、
すべての人の苦悩の根元である無明の闇(後生暗い心)を
ぶち破ってくださる働きがあります。

その計り知れな阿弥陀仏の光明を「慧日」といわれます。
天に二日がないように、二つとない智慧の太陽である
ということです。

この無明の闇を破る力のある仏は、
阿弥陀仏しかおられないのです。

人間に生まれてきた意味も、生きる喜びも知らず、
ささやかな楽しみを求めて日暮らしする私たちを、
決して消えない真の幸福にする、
阿弥陀仏の絶大なお力を示されたお言葉です。

お灯明は、この阿弥陀仏の智慧を表しているのです。

お仏花


お仏壇の向かって左には、季節の美しい花をお供えします。
お仏花にはどんな意味があるのでしょうか。

お花を飾ると、自然と心が和んで、ほっとするように、
お仏花は、阿弥陀仏の慈悲を表しています。

阿弥陀仏は、大宇宙のあらゆる仏の先生の仏さまです。
すべての人を永遠の幸せにしてやりたいという弥陀の大きな慈悲の心が、
お仏花で表されているのです。

人間にも慈悲の心はあります。
しかし私たちの慈悲は、小慈悲といわれ、3つの欠点があります。

1続かない
2差別がある
3盲目である

ということです。

私たちもかわいそうな人を見た時、
その時は、「かわいそうだな」と思いますが、
悲しいことにその心は続きません。

また、我が子に対しては深い愛情があっても、
他人の子供を同じようにかわいがることができるでしょうか。
どうしても差別ができます。

盲目とは、先を見通すことができないということです。
「情けが仇になる」ことがあるように、
よかれと思ったことが、
かえって相手を苦しめる結果になることもあるのです。

このような欠点だらけの人間の慈悲に対し、
仏さまの慈悲は、

変わらない
平等の
智慧に裏づけられた

慈悲ですから「大慈悲」といわれます。

私たちの求めている幸せは、何一つ続く幸せはありません。
ほんの一瞬の線香花火のような、今日あって明日なき幸せです。
常に不安がつきまとい、心の底から満足できるものではありません。

そんな私たち、すべての人を、
等しく、未来永遠変わらない無上の幸福にしてみせる
と誓われているのが阿弥陀仏です。

線香


浄土真宗では、朝夕お仏前で『正信偈』と『御文章』を拝読します。
これを勤行といいます。
勤行をする時に線香をお供えします。

線香は香木や香草を粉にして練ったもので、
独特のよい香りがしますが、香りを楽しむためではありません。
私たちの身体のにおいを消すものとして、
阿弥陀仏への礼儀に使われるようになったのです。

日常、大事な人に会う時は香水をつけたりして
相手に失礼にならないようにします。
まして阿弥陀仏は、
私たちを未来永遠の幸福に救ってくださる仏さまですから、
最高の礼を尽くすのです。

もう一つ大切な心掛けとして仏教ではこう教えられます。

「線香が燃え尽きて灰となるのを、
自分が火葬場で焼かれて灰となることに例えてみよ」

勤行が終わると、ゆっくり燃えていた線香も一筋の灰となります。
私たちも幻のような一生が過ぎれば、
火葬場で一つまみの白骨となるのです。

蓮如上人の書かれた「白骨の章」には、

野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。(御文章)

と警告されています。

どんなに元気な人も、無常の風に吹かれれば、
たちまち一つまみの白骨になってしまいます。
忙しい忙しいと死を忘れて過ごしている私も、
確実に夜半の煙へ近づいているのです。

生きている時は
「これこそ幸せだ、間違いないものだ」
と思ってかき集めた金も地位も家族も、
一切置いていかねばなりません。
すべての人の行く先が、後生です。
蓮如上人は、

誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、
阿弥陀仏を深くたのみまいらすべきものなり。(御文章)

と「白骨の章」を結んでおられます。

朝晩お仏壇にお供えする線香に、わが身の無常を見つめ、
阿弥陀仏一仏に向かわせていただきましょう。

お仏飯・お供物


お仏前には「お仏飯」と「お供物」をお供えします。
最も尊い仏である阿弥陀仏へのお供え物です。

お仏飯は毎朝お供えし、夕方の勤行が終わってからお下げしましょう。
運ぶ時は小さなお盆に乗せ、高く掲げて持ちます。

お供物は、もちや菓子、果物などをお供えします。
肉や魚など殺生したものは避けるのが慣例となっています。

現代人なのか、お仏飯として
コンビニのおにぎりをお供えしていた人がありましたが、
「鮭おにぎり」でした。これはよくない例です。
お仏飯は、仏器に盛ってお供えしましょう。

お仏飯やお供物は
「讃嘆供養正行」(阿弥陀仏一仏を誉め讃え供養すること)といって、
五正行(阿弥陀仏に向かっての正しい五つの行)の一つに数えられます。
心がけて、実践しましょう。

念珠


お仏前で合掌する時、手にかけるのが念珠です。

念珠を持たずに仏さまに向かうのは、仏さまを手づかみにすることになる

と蓮如上人は言われています。

念珠は珠と糸でできています。
珠は「百八の煩悩」を表しています。
欲や怒りの煩悩で、日々煩わされ悩まされているのが私たち。
珠はそのままではバラバラで収拾がつきませんが、
糸が通ってきれいにまとまります。

糸とは「信心」を表します。
百八の煩悩も、信心の糸が貫いて初めて、
そのまま喜びと転じ変わる。
それを念珠で表しているのです。


浄土真宗の勤行とは?

浄土真宗の方ならば、朝晩、お勤めの時に拝読しておられるのは
あの「帰命無量寿如来、南無不可思議光」で始まる、
有名な正信偈です。

漢字ばかりで書かれていますので、お経だと思っている人がありますが、
正信偈はお経ではありません。

お経は、お釈迦様のお言葉書き残したものですが、
正信偈は親鸞聖人の書かれたものですから、お経とは違います。

この正信偈には、親鸞聖人九十年の教えのすべてが収まっております。

正信偈の意味を知りたい方は、
以下のサイトに少しずつ解説されています。
 正信偈.com

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よくある5つの質問


浄土真宗と浄土宗の違い

浄土真宗と浄土宗はどこが違うのでしょうか。

自力仏教と他力仏教の違い

浄土真宗は他力の仏教です。自力の仏教である、天台宗や真言宗や禅宗などとは、どこが違うのでしょうか。

西本願寺と東本願寺の違い

浄土真宗の、西本願寺と東本願寺というのは一体何が違うのでしょうか。

浄土真宗の法名とは?

法名は、死んだ人につけられる名前だと思っていませんか?大変な誤解です。

位牌はどうするの?

浄土真宗では、お仏壇に位牌は置きません。

年中最大行事

浄土真宗では、毎年親鸞聖人のお亡くなりになられた11月28日を中心に
「報恩講」が催されます。
「報恩講」は、親鸞聖人の御恩に報いる集まりです。

親鸞聖人の御恩に報いるには、親鸞聖人が願っておられることは何か、まず知らねばなりません。
親鸞聖人の教えてゆかれたことを聞かせて頂き、その通りにさせて頂くことが、もっとも親鸞聖人が喜ばれることです。
報恩講は、浄土真宗の年中最大行事です。